ホモセクシャルベイベー。
●はぁい可愛い男の子ちゃんですよー、と手渡された生まれたばかりの我が子を抱きながら、「この子はストレートなんだろうか?それともゲイなんだろうか?」と考える親っているんだろうか。
などと、内容とは微妙にズレてる前振りをしてみたりして。

「HOMOSEXUAL」と書かれたリストバンドをする新生児の写真の上に、「性的指向は選べない」というキャッチコピーが書かれています。
●言葉としてはとても正しいのだろう、と思います。どういう理由があって僕はゲイなのか、それは僕にも全くわかりません、という実体験から。ただ、それを広告として表現する時にこの写真、ってのは...。いかがなものだろう、ちょっと引いてしまいました。とある宗教団体は「新生児を利用するのは、不誠実で恥さらしだ」と噛み付いているそうです。不誠実とか恥さらしという言葉が適切かどうかはわからないけれど、少なくとも僕の目に映るこの写真は「悪趣味」の一言です。べつに法に触れるわけではないにしても、人としての"グレーゾーン"に足を踏み入れてまでカタチにすべきモノだったんだろうか?と、この広告を前にため息をついてしまいました。
こんな風に思うのは、きっと「広告を見る目」以前に、僕の性格によるところが大きいんだろうと思います。今年の選挙で、「ネット上での選挙応援は法的にグレー」という内容のことがあちこちのサイト上で語られていました。面白いなぁと思ったのは、そういう状況を「だからOK」と受け取る人がるということでした。もちろん法的にそういうグレーな部分があること自体よろしくない話ですが、そんな小さいところにつけ込むより、白黒はっきりしたところでもっと大きく正々堂々と活動したほうが「誠実にクリーンな選挙を戦っている」と胸を張って言えるんじゃないか、と思った次第です。
●えーっと。広告の話に戻ります。
この広告にまつわる残念な話。同性愛者の人権擁護団体「ArciGay」はこの広告に対し、「尊重されるべき不変の事実だ」というコメントを出しているそうです。これには心からガッカリしました。この広告、浅いところで考えると「あぁそうかもね」と思える部分もあるかもしれません。ただ性的指向については「先天性」「後天性」諸説あって、それは世界中で今もなお喧々諤々の真っ最中。ということで考えると、この広告は...情報として不正確なんです。むしろ同性愛者の人権擁護団体たる組織はその点を指摘して、情報を正すべきなんじゃないかと思うんですが。ゲイ賛美だったら何でもありかよ、と情けなくすら感じてしまいました。
本当にガッカリなのは、わざわざこんな物議を醸すようなビジュアルを使ったために、本来一番伝えたい「性的指向は選べない」というメッセージが真っ直ぐ伝わってこないということなのだけれど。

●もちろん、あまりにも挑発的な写真表現だったため、今回と同じように当時も賛否両論巻き起こりました。そして当時の僕はどうだったかと言うと...間違いなく「賛成派」でした。じゃあ今回の広告とベネトンの広告、一体何が違うのよ?と考えてみると。それはきっと、広告の「目的の違い」なんだろうと思います。ベネトンのシリーズには、キャッチコピーがありません。要は、見る側に考えさえ、議論させるのが目的でした。一方この今回の広告の目的は、見る側にいろいろな考えを求めるものではなく「性的指向は選べない」というメッセージを明確に伝えるものだったはず。なのに、表面的にベネトンの真似なんかしちゃったもんだから、火傷して終わってしまった感が否めないんですね。先日の日記の話に戻りますが、僕の後輩には、このへんの違いをよく理解してもらえませんでした。真似すりゃいいってもんじゃないのよ、って話、この広告を持ってもう1度あの頃に戻り、説明し直したい気分です(苦笑)。
●参考まで。
なぜベネトンのような広告が生まれたのか。それがわかる本があります。一連の写真を撮影した写真家、オリビエーロ・トスカーニ著「広告は私たちに微笑みかける死体」。僕の手元にあるのは1997年の初版のものだけど、今でも本屋さんに並んでるものなんだろうか。Amazonにはあったのでリンク貼っておきます。それから、ベネトンの一連の広告が並ぶサイトがあるのでリンクしておきます。これはぜひ、若い人にこそ見て欲しい。90年代初頭。広告を通して、愛、死、性、戦争、人種、AIDS、環境汚染、それらがどういう語り口で表現されていたのか。しかも世の中は今も昔もそれほど変わっていないという悲しい現実を、ちょっとでも感じてくれたらいいなぁと思います。
本日の日記。
小難しい話を長々とするおっさんバージョンでした。
だけど近くにあるんだよ。
だいたいを家の中で過ごす在宅ワーカー。都内在住の40歳。ゲイ・パートナーのブランドン(外国人/ヨーロッパ圏)との生活は、気付けば14年目に突入。地味に静かに暮らしています。
Chibi-log
どっちが先に着くか競走だ。

ちょっと気温が下がったら出かけましょう、ってのが甘かったか、よく行く鰻屋の前には長蛇の列。聞こえてくる「あと10個!」「あと9個!」の声にハラハラしたけれど、ギリギリでラスト2個を買えたのは小さなラッキーだよね。
あの人は…そろそろ帰りの電車に乗った頃だろうか?鰻が好きな誰かさんのため、チャリンコ飛ばして帰ろうぞ。待ってろベイベー。
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俺は好きだけどなぁ、コレ。
性的指向に加えて、生まれる国・両親・肌の色なんかも選べないって書いて、リストバンドにはHOMOSEXUALではなく、NOT HETEROSEXUALの方がいいかな。
● re:51さん。
はじめまして。コメントありがとうございます。
>性的指向に加えて、生まれる国・両親・肌の色なんかも選べないって書いて
それはまさにベネトンのコンセプトそのものですもんね。考えるきっかけになる、いいコンセプトだと思います。
ただ今回のこれはそういうコンセプトの下に作られたものでは無いということと、やはりこうして「もっとこうしたほうが」という話しになりがちなぶん、本来伝えたかったことを真っ直ぐ伝えきれていない弱さみたいなものを感じています。
僕はこの広告、いろいろな意味で好きではありませんが、それも人それぞれなのでね。何かを感じて「好きだ」と言ってもらえるのは、広告にとってはとても幸せなことだと思います。
確かに、何か足りないかなぁ。
遺伝子とかで生まれた直後から性的指向が判明して、新生児でありながら差別されてしまうような嫌悪感を抱かせてしまう悲観的な未来を描くより、HETEROSEXUALとNOT HETEROSEXUALというリストバンドを、それぞれつけた双子の赤ちゃんを1人の女性が同時に授乳している写真で「二人とも愛されてる」というメッセージとかの方がまだマシだったのかも。
● re:51さん。
入り口は良かったけど出口がちょっと違ったな、というのがこの広告への印象です。ただもう新聞上で大々的に掲載されている以上、ゲイについてイメージを混乱させるものにならなければいいなぁと思ったりもしています。
こういうのってどれだけ人の目を奪えるのか、っていうところで勝負してるわけだよね。それのみを追求していくとどんどんラディカルになっていく、加えて悪趣味になっていくってところがあるよね。
差別撤廃のような活動をしている団体ってこういうようなショッキングな広告を打つところが多いけど、実際心に残るようなものってあんまり無い気がするなぁ。
この広告も俺的にはあんまりインパクトを感じないです。
公共広告機構のCMもたまに「・・・・」なのがありますね。
僕も何となく違和感を感じたんだけど、それが何かはわからなかった。
51さんのコメントにもあったけど、何だか悲観的な感じがするからかも。
キッチュなものと悪趣味なものって紙一重だけど、微妙なさじ加減でそうなっちゃうっていうよりは、作ってる人間の性格が出ちゃうのかもしれませんね。
● re:龍児さん。
最初はこれ、イタリア人の感覚では「OK」の範疇なんだろうか?と思ったんですけどね。やっぱりそういうことでも無いようです。
こういうテーマって、議論を求めるものではなくて、理解を求めるとか認識を正してもらうとうかいう明確な役割があるはずなのに、どうも目的から外れたところで騒ぎになることが多くて残念ですよね。それをもって「成功」と考えてるのであれば、なおさらガッカリです。
あとこれ、暗い(苦笑)。
● re:Kazuccineくん。
>作ってる人間の性格が出ちゃうのかもしれませんね。
あー、そうか。そうかもね。悶々と抱えてる強い問題意識をそのままカタチにしたらこうなりました、って感じかもしれないなぁ。
見ていて決して楽しいものではないし、温かくもない。そういう表現がどうゲイにとってプラスがあるのか、それが僕には理解できないんだよね。インパクトが必要、って考えがあったのかどうかわかんないけど、楽しい方向性でだってインパクトは追求できるのに。
もっと性格が明るい人が作ればいいかもしれないね(笑)。