2008年1月11日 14:23
時をかける少女。
2008:01:11:14:23:07
●小学校に入学して初めて隣の席になったのは、知的障害のある女の子でした。はっきりとしたことはわからないけど、確かお母さんが妊娠中に飲んだ薬が原因だとか言ってたっけ。いつも鼻をたらしてる子で、みんなからは「きたなーい」とか「くさーい」とか馬鹿にされていて。何をやるにしても動作が鈍いし、授業中はノートに絵ばかり描いている。ただ、そんなあの子がなぜ普通学級に?と疑問を抱いたのは中学になってからのことで、その頃の僕は1年の担任の先生から言われた「和子ちゃんは病気なので、みんなで助けてあげましょうね」という言葉を忠実に守り、出来る限り一生懸命お世話していたという記憶があります。
●学期が変わっても、進級しても、担任の先生が変わっても、どういうわけか僕はいつも和子ちゃんと同じ班でした。彼女への配慮なり、先生同士の引き継ぎなりがあったんだろうという想像は容易で、実際、保護者面談の際には僕の母親に対し、担任の先生から何度も何度も感謝の言葉があったそうです。5年生あたりになると小学生なりにみんな色気づいてきて、僕ら二人を指し「デキてる~、あっつーい!」とからかう子も出てきたけど、んなわきゃないのは言ってる本人も承知だったりするので(笑)、特にイジメとか陰湿な方向へ向かうことも無く。あ、彼女は結構ジャマ者扱いされてたところはあったかな。クラス対抗で何かやろう、って時には必ずあの子がストッパーになってしまって、絶対に勝てないクラスだったから。先生が「和子は20歳くらいで死んでしまうんだから、みんなもっと大事にしなさい」と言ってコトは収束したんだっけ。可哀想なだぁ、と思った記憶があるものの、今考えるとあの説明は最悪だったね(苦笑)。昔だから許されたんだろうか?よくわかんないけど。
まぁそんなこんなで6年間、見事に僕は和子ちゃんのお世話係を勤めあげたのでした。卒業式、彼女のご両親に何度もお礼を言われたのが最後。和子ちゃんは養護学校のある別の地域に引っ越していきました。●今年の元日。昼前にノソノソと起きだし、テレビでやっているニューイヤー駅伝を聞きながら、実家に届いた年賀状を見せてもらっていた時のこと。実は小さい頃から密かに大好きだった親戚の兄ちゃんがいて、その年賀状に印刷されてる家族写真を見たら、これまたグッとくるメタ坊になっているもんだからしばし釘づけになり(笑)。奥さんはなんか地味な感じだね、とか、娘は生意気そう、とか言って時間を稼いでたのは、ただ兄ちゃんを見ていたいためだけのことでした。でもまぁ、さすがにいつまでも反応してるのはおかしいだろう、と我に帰り、次の年賀状を見ると、あ、これ僕宛だ。実家に送ってくるなんて誰だろう、そう思って差出人を見ると…和子?…えっ!和子ちゃん!?思わず「まだ生きてたんだぁ!」と言ってしまったのは、それだけあの先生の言葉が強烈だったからなのか。何かの間違いかと思って葉書を見るも、ちゃんと2008年子年の年賀状。裏には全部ひらがなで
「あけましておめでとうございます。ことしもよろしくおねがいします。」
とだけ小さく書いてありました。卒業してからだと…25年ぶりくらいか。
今頃、なぜ。
たまたま僕の住所を見つけたから、とか、きっとその程度の理由なんだとは思うけど。でも、そっかぁ、僕のこと覚えていてくれたんだ。記憶の向こうから、突然舞い戻ってきた和子ちゃん。どんな思いで書いてくれたんだろう。このペースでいくと、次に現れるのは…62歳ってことになるね(笑)。まだまだ長丁場、お互い体に気をつけて頑張っていきましょう。
ねんがじょう、ありがとうございました。ことしもよろしくおねがいします。
シアワセは、歩いて来ない。
だけど近くにあるんだよ。
だけど近くにあるんだよ。
ハリーのしっぽ
だいたいを家の中で過ごす在宅ワーカー。都内在住の40歳。ゲイ・パートナーのブランドン(外国人/ヨーロッパ圏)との生活は、気付けば14年目に突入。地味に静かに暮らしています。
だいたいを家の中で過ごす在宅ワーカー。都内在住の40歳。ゲイ・パートナーのブランドン(外国人/ヨーロッパ圏)との生活は、気付けば14年目に突入。地味に静かに暮らしています。
Chibi-log
2010年7月26日 18:51
どっちが先に着くか競走だ。

ちょっと気温が下がったら出かけましょう、ってのが甘かったか、よく行く鰻屋の前には長蛇の列。聞こえてくる「あと10個!」「あと9個!」の声にハラハラしたけれど、ギリギリでラスト2個を買えたのは小さなラッキーだよね。
あの人は…そろそろ帰りの電車に乗った頃だろうか?鰻が好きな誰かさんのため、チャリンコ飛ばして帰ろうぞ。待ってろベイベー。
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そ、その先生の一言すごい・・・・。
今なら新聞沙汰になってますよ。
まあ、今の時代がうるさくなりすぎてる感もありますが、
それでもやっぱり言っちゃいけないことってあると思うんですよね。
和子ちゃんが今また年賀状をくれた経緯はわからないんだけど、
彼女なりに一生懸命書いてくれたのは事実だと思います。
こういった話には、児童期思春期特有の残酷な話がつきまとったり
するんだけど、それがないのでちょっと安心しました。
それにしても和子ちゃんか・・・・。一時期僕がそう呼ばれていたのはどうでもいい話ですね。苦笑
きっと和子ちゃんの心の中ではハリー君がヒーローなんだろうね。
この話を読んで、自分の小学校時代のクラスに聴力障害の女の子がいて俺もその子のお世話をなんだかんだしていたことを思い出しました。俺は先生から言われたというよりいつも母親からあの子の面倒を見てあげなさいと言われてたんだったなぁ。今どうしてるんだろう、陽子ちゃん。
二話連続でいい話を読ませてくれてどうもありがとう。
ところでハリー君のタイプってメタ坊おじさんだったの?知らなかった(驚)。
● re:Kazuccineくん。
>今なら新聞沙汰になってますよ。
今の感覚だと「これはマズいよね」と思うものの、昔は結構普通にこういうことがあったんだよね。
でも偉い先生の言うことってやっぱり僕ら子供には正しくて、あの先生の「死んでしまう」って言葉を聞いた後なんて、放課後みんな自発的に校庭のすみっこに集まって、僕たち悪いことしてたよね、とか話し合う緊急学級会とかしたからね(笑)。それでクラスがまたまとまったりもしたし。今じゃこういうの、有り得ないんだろうなぁ。
>一時期僕がそう呼ばれていた
どうもこのへんが「昭和のニオイ」プンプンするんだよね。「噂の刑事トミーとマツ」っぽい(笑)。たぶん知らないと思うけど。
● re:龍児さん。
>ハリー君がヒーローなんだろうね。
全員に出してるかもしれないし、よくわかんないですけどね(笑)。元日から驚かされました。
>聴力障害の女の子がいて
あぁ、それじゃぁ喋りのほうも大変じゃなかったですか。和子ちゃんも時々何を言ってんのか全然まわりに伝わらないことが多くて、でもつきあいが長くなると、喋ってる内容というより彼女が考えてることがわかるようになって、いつの間にかまるで通訳みたいになってました。
途中ね、やっぱり全然何もなかったわけじゃないんですよ。いいカッコして、って陰で言われたりもしたし。そこで負けなかったのは、ちょっと自分を褒めてあげたい感じです(苦笑)。
>ハリー君のタイプってメタ坊おじさんだったの?
えっと…、おじさんじゃなくてもいいし、もっと言うとメタ坊でなくてもいいんですけど。小中高大と柔道をやってた筋肉質の90kg級が、40歳を過ぎて微妙にポチャっとしてる姿を想像してみてくださいよ。グッともきますって(笑)。
昨日、今日と一生懸命寝てるのにコホコホです。
寝疲れました。
>メタ坊
ブラ君が筋骨隆々だから、ハリ坊はマチョおじさんが好きなのかと思ってたよ~
>筋肉質の90kg級が、40歳を過ぎて微妙にポチャっとしてる姿
オレじゃないよね?(寝過ぎでうなされてるのかしらん?)
いや、それは別にして、
ハリ坊と龍児さんの書いてるのを読んで笑っちゃったんだけど
オレもね、中学の時、登校拒否の女の子の隣に座らされたことがあったの。
先生に守ってあげてねって言われて。
きっとオレら、少年のにおいがしないで少女のにおいがしてたのかもねー
(どんなにおいだ、そりゃ?)
特殊学級(あまりいい言葉ではないですね)の子と
授業を一緒に受けることは時々は有っても
普段から一緒に授業を受けるのは難しいですよね
実家の近くには知的障害施設や養護学校が有ったので
夏祭りの時とかは町内の子供達みんなで
連れ立って行った思い出があります
ハリーさん
こんばんは。
言い方が難しいのだけれど、
我々は1年が365日が当たり前だと思っていますが、
和子さんにとっては、そうでなかったのかも知れませんね。
我々の季節感って、周りが「ほら正月だ!」「ほらゴールデンウィークだ!」
「ほら盆休みだ!」「ほら年末だ!」
と言われているのに、ただただ従っているようなところがありますが、
和子さんにとっては、自分の中の時間の流れがあって、
それに従って年賀状をだされたのかなぁ
などと、この記事を読んで考えてしまいました。
● re:たけぞー。さん。
>ハリ坊はマチョおじさんが好きなのかと思ってたよ
あら心外だなぁ(笑)。外見はあまり気にしないですよ。あ、年齢も。ってそれダレ専じゃねーかよ、って言われそうですが、ええ、その通りですとも。(←開き直り。) 観賞用としてわりと「ポッチャリ」に目がいきがちなのは否定しませんが(笑)、最終的にはなんとなく「いい人そう」ってのがにじみ出てる人が好きー。
>オレじゃないよね?
全然違います。たけぞー。さん、しっかり!早く体調戻して!
>きっとオレら、少年のにおいがしないで少女のにおいがしてたのかもねー
我ら乙女団?(笑)。聞けばブランドンにも同じような経験があるそうですよ。面白い。あ、少女で思い出した、こういう状況になると、意外と女の子のほうが結構冷たいんですよ。と言うか意地の悪さが露呈すると言うか。だからかな?どんな状況でも、相手が誰でも女性は同性に厳しいのね、って僕はわりと小さい頃から気づいてました。
だからゲイになりました、って話でもないんですけど(笑)。
● re:台ちゃん。
>特殊学級(あまりいい言葉ではないですね)
あー、なんか色々思い出してきたぞ。そうだ、特殊学級ってあったしそう呼んでた。今はダメなんだろうか?って言うか雰囲気的にダメっぽいね。昔は親も子供もそれほど言葉尻に意味を感じないで普通に使ってたけどなぁ。
>普段から一緒に授業を受けるのは難しいですよね
見てる限り、全く勉強にはなってなかったからなぁ(苦笑)。まぁ騒ぐでもなく問題行動があるわけでもなかったから、周りとしては良かったんだけど、あれでホントにあの子のためになってたの?って疑問は後からわいてきたね。
もしかして勉強させる気もなかったんじゃないの?って思ってしまったもん。
>町内の子供達みんなで連れ立って行った思い出があります
いい話~。でもそういうの、昔は普通にあったよね(涙)。
● re:turboさん。
帰省はいかがでしたか。結構寒かったでしょー。
>和子さんにとっては、自分の中の時間の流れがあって
あー、なるほどねー。そうそう、たしかに超マイペースな子でしたよ(笑)。だから、こちらが驚いているほどこの年賀状にはそれほど意味は無いのかもなぁって思ったりもしてます。
ただ、25年という時間を飛び越えてきた彼女の25年間はどんなものだったんだろう、って年賀状を読みながら思いました。住所を見たら全然知らない所だったし。
こんなことでも無ければ考えなかったような、そして思い出さなかったようなこともいろいろあって、不思議な年賀状をもらった感じですね。逆に僕のほうが25年前に連れ戻されたような気がしています。