ハリーのしっぽ > ゲイの感情線 >

2009年2月27日 18:54

見えないものを、見てみたい。

2009:02:27:18:54:25

友人と食事をしている時、「ハリーさんは筋肉が好きなの?」と聞かれたのでした。あらら。
隣に座ってるブランドンを見れば、そう思うのも当然かもしれません。実際のところはあの人が勝手にあんなカタチになってるだけの話であって、僕の好き嫌いには全然関係無かったりするのだけれど。そもそもそんな質問が出てきたのには「ミルコ・クロコップになる!」という僕の今年の目標を聞いて呆れたから、という流れがありました。そりゃアゴも外れるわなぁ、何をバカなことをって感じで。

結局「いやぁ、そういうわけでもないんだけど」と答えたところにお皿がきたことで、話はそのままうやむやになってしまいました。

それは、とても精神的なことなんです。僕には「自分のカラダを追い込んで何かを成し遂げた」という経験が無いんですね。だから、その先に何があって、何が見えるのか。そういうのが全くわかりません。想像も出来ない。昨年末、なんとなくついていたテレビの格闘技番組を見ながら、あぁこの人たちはここまで来るのに有り得ないほどの努力をして、苦しみながらもいろんなものを見てきたんだろうなぁ、って。それを、見てみたい。だから、ミルコ。(表現として極端だったことは百も承知です(笑)。)
シドニーでQちゃんが「とっても楽しい42.195キロでした」って笑顔で言っていた、あれをテレビで見た時もそうでした。あんな距離を走って、それを「楽しい」と表現する?彼女には今何が見えているんだろう。そう思ったものです。

ちょっと話の毛色が違うのだけれど、ずいぶん前に書いた「プチ・マクロビやってます」みたいな日記。あれも裏はそんな話。腎臓を壊してしまった人の

「すごく真面目にマクロビをやったら、一か月でカラダが変わってきました。そうしたら、不思議なことに世の中も違って見えたんです。目からウロコとはこんなことなんだ、と。色メガネも取れて、すべてが輝いて見えた。それが内側から変わるということでした」

という手記があまりにも衝撃的で。輝いている世界。それって一体。

まぁ、、、何にしても適当にやっていれば見えるものも見えないわけでね。見たい見たいと念仏のように唱えているのもいい加減にせーよ、という反省は、当然のように常についてまわります。

ひとつ、昔から自分の中にあるものと重ねると、きっと「愛情」とか言う部分もそうなんだろうなと思うわけです。愛しぬくとか。信じぬくとか。それは相手あってのことだから、なおのこと「人生への挑戦」と言っても決して大袈裟ではないと思っているんです。途中で諦めたり、違うゲームに乗り換えたり、そうやって振り落とされ先細る中で残るサバイバーの、その一握りにしか見えない世界。たどり着いた者だけが味わえる独特の境地。そんなものが、きっとあるはず。
口で言うほど容易いことではないよね。だからこそ突き詰めていくだけの意味はある。絶対にある。

見てみたいものは数あれど。
人生を賭けて挑むには充分すぎるほどのこのテーマを、
今日も明日も、あさっても。

思いやりとか理解とか、時に馴れ合いの素晴らしさなんていう矛盾したものも感じながら、そっと探してみたい世界です。



なんてな。

シアワセは、歩いて来ない。
だけど近くにあるんだよ。
ハリーのしっぽ Author:ハリー
だいたいを家の中で過ごす在宅ワーカー。都内在住の40歳。ゲイ・パートナーのブランドン(外国人/ヨーロッパ圏)との生活は、気付けば14年目に突入。地味に静かに暮らしています。

Chibi-log

2010年7月26日 18:51

どっちが先に着くか競走だ。


ちょっと気温が下がったら出かけましょう、ってのが甘かったか、よく行く鰻屋の前には長蛇の列。聞こえてくる「あと10個!」「あと9個!」の声にハラハラしたけれど、ギリギリでラスト2個を買えたのは小さなラッキーだよね。
あの人は…そろそろ帰りの電車に乗った頃だろうか?鰻が好きな誰かさんのため、チャリンコ飛ばして帰ろうぞ。待ってろベイベー。

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まずは、出来ることから。



↓あの曲がなんでこんなアレンジに!?と毎週流れるテーマ曲目当てに見てたわけだけど、もしかしてあれ、実は面白かったんじゃないか?と今にして思うドラマ。DVDになってないのね。そうなると、ますますもう一度見たくなる。若かったなぁ、メロリンQ。

幕末高校生(1993)

Twilight In Upper West(T-SQUARE)

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