ハリーのしっぽ > 生きる。
●今朝起きたら1枚のFAXが届いていて、見たら母親からで「お父さんが緊急入院しました」と書いてある。時間を見ると、朝5時27分の送信。よほど急いだのか、いつもは達筆な字がほとんどなぐり書きに近い状態。

●急いで母親へ電話をすると、「あら、ごめんなさいね、、、ちょっとウトウトしてたから電話が鳴ってるのに全然気付かなかったわ」と言いながら出たのだけれど、気付かないも何も母親はたった1コールですぐに電話に出ていた。疲れてんだな、ってことだけはすぐにわかる声。
●聞けば、深夜0時を回った頃、あまりの腹痛にたまりかねて救急車を呼んだとのこと。検査の結果、結石がどうしたこうした、、、ということらしいのだけれど、詳しいことは母親の落ち着かない説明ではよくわからず終い。内視鏡で済めばいいけど、場合によってはまた手術をという話になり、前回の手術のことを考えると今回は合併症が出る可能性もある。というネガティブ情報だけは医師からはっきり聞いてきた模様。とにかく今日の夕方に何らかの処置をする、ということなので、こちらはその連絡を待つことに。
●20時30分過ぎ。やっとかかってきた電話は「今日は何もせず、1週間後に処置をする」という意外な報告。MRIで縦の断面も調べたほうが、ということになったものの、そのMRIは激しい順番待ちで、1週間待たないと何も出来ないらしい。っていうそんなのあり?な話。どうやら、、、昨年の手術で全部取りきれてなかったんじゃないか、という危惧があるそうで。それにしたって、そんなのあり?な話。
今は薬で散らしているそう。これからが長いな、一週間。
●そうなってくると、次に心配になってくるのが母親のほう。昨年の父親の手術以降、どうもテンションが上がりきってない。強い女、そういうイメージの人だったけれど、その実「お父さんお父さん」と寄り添うように生きてきた人だから、なおのこと。
これまでのことを考えると、父親は、、、あんまり長生きできない人かもしれない。と思ったりしている。でもそんなことは口に出さずに、なんとか明るく前向きに盛り上げていかないと。というのが、今僕に出来る最低限のことなんだと思う。
母親のために、帰ったほうがいいんだろうか。
でも、わざわざ帰ってきた息子を見て、
余計な不安を感じる父親の姿も想像できる。
今は難しいタイミング。
まずは、自分が落ち着くのが先かもしれない。
掃除をしたり、花に水をやったり。
無心になることだけを考えていた一日だった。
●嵐のような半月でした。
正直、父はもうダメかもしれないという話を聞いた時、僕は結構冷静で、もしそのまま逝くようなことがあっても、そういう運命だったんだなぁと静かに見送る用意が出来ていました。むしろその後のこと、例えばお葬式のことや母をどうしようかとか、そういうことを淡々と考え始めていたりもして。でも、病室の父を見て、治して元の生活に戻ろうと笑顔で耐えている父を見て、あぁこの人を再び手術室に送るのは、その笑顔がまた曇ってしまうのを見るのはとても僕には耐えられない、心からそう思いました。簡単なものではないようです、この手の感情の整理は。
●さて。「手術しても、2、3ヶ月はかかると思いますよ」と大掛かりに脅されていたわりに、先週末、手術から2週間であっさり退院となりまして。これは一体どういうことなんでしょう(苦笑)。まぁ入院していても何かとおっかない病院だったし、早めに出られただけラッキーだったかもしれない。機会を見て、違う病院でちゃんと検査させることにします。一方で、今回のことは母には相当堪えたようで、安定剤が手放せなくなってしまいました。病院からは「肩こりも治っていい薬ですよ」と言われ、本人もよくわからないまま「これがあると安心なのよ」と飲んでいるわけですが、デパスはあまり常用してほしくない薬なので、これからどうやって母の心を落ち着かせようか、それがちょっと頭の痛いところです。
●今回のことで、ずいぶんメールで励ましていただきました。なんとお礼を申してよいのやら。僕自身は落ち込んでいるようなことは無くて、むしろテンション高めのままゴチャゴチャ切れ目なく考え続けていたつもりでいたのだけれど、メールを読むたびに「あぁ頑張ろう」とか「もっとしっかりしなくては」と思ったことを考えると、やっぱりどこか下がってた部分もあったんだろうなぁと改めて気付かされた次第です。
●先週末にはブランドンが有給を取って実家へ来てくれたこともあって、父も母も楽しかったんじゃないかな。とにかく2人には早く元気になってほしいものです。そんな2人に「また夏来るから」と言って、僕とブランドンは今週月曜に東京へ戻ってきました。とりあえずはこれで、また元の生活に戻れそう。このカテゴリーには、しばらくは記事を追加したくないなぁ…。
ってなわけで。

無事、カエル。
●それは、明らかな誤診から始まった。その日の当直だった呼吸器内科の医師は、激しく嘔吐し腹部の痛みに苦しむ父を見て、レントゲンを撮るでもなく一言「胃かなぁ」と告げ、薬のひとつも出さずに診察を終えた。そういう痛みではない、という父の言葉に「あんたは医者か?」と捨て台詞を残して。
●帰宅し安静にするも、日増しにひどくなる痛みに耐えかねて、父は再びその病院へ行った。(田舎では病院の選択肢がほとんど無いに等しい。) 嘔吐するものは毒々しい体液のみになり、一人では歩けなくなっている父を見てもなお、あの呼吸器内科の医師は「様子を見ましょう」と診察を終えた。見かねた看護師がカルテを他の医師へまわし、下された診察は「急性胆嚢炎」。それは、もし自宅で爆発していたら即死ものの有り得ないほど酷い状態で、そこでやっと緊急手術が決まった。初診から5日目のことだ。
●至急採血を、ということになるも、看護師が採血に失敗。父の腕からは血液が噴出し、慌てる看護師は抑えようとして血だらけに。それを見て、母は1人パニックになった。
●手術が始まり1時間少々が経過した時、手術室から母を捜してスタッフが飛び出してきた。危険な状態、輸血が必要なので同意書にサインを求められる。この病院では、こういう事務手続きを事前に済ませておくようなことはしない。退院時に事後報告でサインを求めることもよくある話だという。
●術後の「完全看護」も極めてずさん。発熱への対応、無し。点滴の管理も無視しているのに等しい。看護師のスキルもバラバラで、当たりハズレが激しい。
●調べてみてわかったこと。最初に診察した医師は、なにかと問題アリな人物なのだそうだ。べつにこんな所に居たくて居るわけではない。というスタンスのその医師のおかげで、相当数の患者が隣町の病院へ流れたと言う。そもそも呼吸器内科の不手際は、やがてシワ寄せが外科へ向かうわけで、外科の評判はつまり病院全体の評判へ繋がる。なぜ病院がこんな医師を残しておくのか、その理由がよくわからない。一方で、急患全てをこの病院で診察しなければならないという現状もいかがなものだろう。タクシー代わりに救急車を使う老人も多く、病院内の疲弊した空気はさながら希望の無い野戦病院といった感じだった。●この町は、「お産が出来ない町」としてもたびたびメディアに取り上げられる地。医療の悪循環に出口は見つかるのだろうか。と、そんなことを考えていた矢先、こんなニュースが飛び込んできた。
病院とは一体、どういうところなのだろう。
★AM9:01
母は昨夜2時過ぎ、体調不良で病院へ運ばれたとこのと。血圧が170まで跳ね上がり、意識が朦朧としていた。拒食ぎみで寝不足、神経疲労が原因で、安定剤をもらって帰ってきた。とりあえず無理してでも食べるように、そして眠るように、と電話で促す。父はこのことを知らない。
★AM9:10
電話を切って数分後、「お父さんのこと話してなかったわ」と叔母から電話。昨日の夕食からゆるいお粥を食べられるようになったとのこと。ただ今朝になってひどい下痢をしているので、安心は出来ない。
それと、叔母は月曜に帰る予定だったが、急遽日曜に帰ることになってしまったと言う。
★AM11:20
埼玉の叔母(母の2番目の妹)から電話。姉ちゃんに電話したら大変なことになっていたので、私、日曜に姉ちゃんのとこの行くから。と。
★PM14:40
東村山の叔母(母の3番目の妹)から電話。私も日曜に行くから、父さん母さんのことは心配しないで。と元ナースの心強い言葉。父と僕、男どもは結局たくさんの力強い女性に支えられている。感謝。
★PM18:30
実家へ電話。未だに眠れないもののちょっと元気になってきた、と母。「お父さん、ちょっと歩き始めてたわよ」。
★AM6:10
電話が鳴る。電話が鳴るたびに、何かあったんじゃないかと不安になる。
「早くにごめんね」、母からだった。
「夜中3時過ぎに病院から呼ばれたの」。父が、痛み止めが原因で幻覚を起こしていて、ヘンなことを言いながら1人で歩いているところを看護師が見つけたとのこと。まさかモルヒネ使ってんの!?と母に聞いてもわかるわけが無く、今は「一時的なものですから」という医者の言うことを信じるしかない。
★PM17:10
母へ電話。父は元に戻って落ち着いているものの、いまだにひどい下痢が続いているとのこと。微熱。
★AM8:30
「お父さん、今日から全粥だって。下痢も止まったわよ」、母から電話。
★PM14:50
叔母(父の妹)と入れ替わりで、母の2人の妹が到着。
★PM13:00
母へ電話。24時間の点滴が外れたとのこと。血液検査の結果がまだ出ない。遅すぎる。
★PM16:45
父から電話。公衆電話まで歩けるようになった。「無理して来なくてもいいぞ」。何言ってんの?お父さんじゃなくてお母さんが心配だから行くんだよ。「わわわ、笑わせんなって。痛ててててて」。笑って、早く元気になって。
★AM1:45
これを書いている。
↓
↓ <-----今ここ。
↓
★AM4:00
駅へ向かう。
★AM11:00過ぎ
到着後、その足で病院へ。
いつ東京に戻ってくるかは未定。
嵐。
---
★AM11:26
母から父の状態を聞きながら病室へ。今は全身麻酔から醒め、ゆっくりと話せるようになってきているとのこと。発熱、感染症のリスク、大。その時は覚悟を決めてください。とは医師の見解。
★AM11:27
病室。ベッドの上の状況に絶句。驚くほど小さく見える父。何本もの管が繋がれ、かすれ声でやっと話せる状態。来たよ、と声をかけると「悪いなぁ。...ブランドンは?」 おい、1人息子では不満なのか? 「いやぁ、そんなわけじゃないけどさ」と痛みをこらえながら笑う父。横で涙を浮かべている母の姿は、目が悪い父には見えない。
★AM11:30
名古屋の叔母(父の妹)が到着。どうやら同じ電車に乗っていたらしい。
★PM12:20
「無事カエル、って意味だってよ」。ブランドンから渡すよう頼まれたカエルの置物を、ベッド横のテーブルに置いて帰宅。
(GW、国に帰っていたブランドンが、父へのプレゼントとして買ってきた物。帰国当初、「このカエルを見たらお父さんのこと思い出して買っちゃったんだよねー」と言って笑っていたものが、こんなカタチで父の手に渡ることになるとは。予感めいた不思議な話。)
この病院は完全看護なので、付き添いは禁止されている。
★PM18:00
1人で再び病院へ。母が知らない銀行関係等のやりとりを確認。微熱があり、看護師に相談するも「本人が暑いんでしたら冷やしますし、どちらでもいいですよ」と適当な返答。氷枕を用意してもらう。
★AM10:00
口の中を拭く滅菌ガーゼ他、諸々の買い物をした足で病院へ。父、今朝から起き上がってベッドに座る練習を始める。熱は下がったが、管は全部繋がったまま。痛みで歩くことはまだ無理。点滴が時間通りに落ちていないことに気づきナースコール。態度の悪い看護師にストレス。
★AM11:20
父の趣味の土地へ。前日の暴風雨で、若い木が数本倒れていた。GWに一緒に植えたマユミの木は無事。
温室の花々に水をやりながら、「水やりや草むしりをしてると、余計なこと全部忘れて無心になれるんだよなぁ」という父の言葉を思い出す。1人で泣いたのは久しぶりだと思う。
★PM17:00ちょっと前
山の帰りに病院へ。17:00で終わる予定の点滴がまだ3分の2も残っている。ナースコール。「ここ、呼んでもすぐ来ないよ」という父の言葉通り、何分待っても来る気配なし。病室を見てまわると、全て満床。飛び回る看護師の姿を見る限り、あきらかなマンパワー不足。
やっと来た看護師に、この点滴の説明を求める。「手首からの点滴は、手首を曲げたりすると針が血管に当たって点滴が入っていかなくなっちゃうんですよねー。」 だったら違うところから入れてください。(完全看護だろ?ここ。という言葉が出かかるが我慢。)
★PM19:25
帰宅。叔母は月曜に帰るということなので、僕は明日一度東京へ戻り、来週また来ることに。
★AM10:00前
家を出る。「たいしたご飯用意できなくてごめんね。。」、気丈な母らしからぬ弱気な言葉。顔色が悪い。
★PM17:00
東京の自宅へ戻る。帰宅したブランドンに状況を報告。
★AM9:00
父の今朝の様子を聞くため、実家へ電話。すると母ではなく叔母が出る。
「お母さん、昨日夜遅くに倒れちゃって病院に運ばれたのよ。」
だけど近くにあるんだよ。
だいたいを家の中で過ごす在宅ワーカー。都内在住の39歳。パートナーのブランドン(外国人/ヨーロッパ圏)との生活は、気付けば13年目に突入。地味に静かに暮らしています。
Chibi-log
もうすぐ春ですね。
仕事そっちのけ、確定申告も全くの手付かず状態のまま、徹夜してまで見入ったバンクーバー五輪もそろそろ閉会。毎回思う、「冬季五輪が終わったら、そろそろ春なんだなぁ」。
いろいろ落ち着いたら、またブログ始めてみようかな。
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愛は人にも、地球にも。
まずは、出来ることから。
↓あの曲がなんでこんなアレンジに!?と毎週流れるテーマ曲目当てに見てたわけだけど、もしかしてあれ、実は面白かったんじゃないか?と今にして思うドラマ。DVDになってないのね。そうなると、ますますもう一度見たくなる。若かったなぁ、メロリンQ。
●幕末高校生(1993)
●Twilight In Upper West(T-SQUARE)
↓昨年末からかなりキてる。いいぞ、ワトソンとグローバンの間あたりのポジションを目指すのだ。
●Going Home(Will Martin)
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